頭痛めの巻

こんにちは。

koiです。

返却中ね。

一喜一憂は不要って言ってもするわな。

上がっては下がって、下がっては上がって。

常に右肩上がりはそりゃ理想的だけれど、そうじゃないこともあるよね。

人生もそうよ。

良い時ばかりじゃないけれど、とにかく歩みを止めないこと。

僕の好きな動画で、それでも諦めなかった偉人たちっていう動画があって。

今はレジェンダリーでも昔は、って人は本当にたくさんいる。

それを少し紹介。

エイブラハム・リンカーン(Abraham Lincoln)

1832年の春にビジネスのトラブルから無職になり、その後1835年には恋人のAnnを亡くし、かなりの打撃を受ける。1832年に州議会に立候補したが落選し、それから数えて合計8回の選挙に落選する。結婚してからは次男を病気で亡くしている。

第16代アメリカ合衆国大統領。アメリカ国民に最も愛された大統領でもある。

ウィンストン・チャーチル(Winston Churchill)

2ヶ月早い未熟児として生まれる。子供の頃のチャーチルは反抗心旺盛で、よく罰を受けていた。寄宿学校に入れられ両親はあまり訪ねて来ることはなく、父親ともあまり話をしたことがないとチャーチル自身が後に述べている。子供の頃には言語障害があり、何年もの間苦労した。寄宿学校を出てから士官学校に入るのに3度も落ちている。1922年、1929年と選挙で敗北。

イギリスを第二次世界大戦を勝利に導いた戦時内閣の首相である。

ルイ・パスツール(Louis Pasteur)

パスツールは大学在学の頃、平凡な学生であり、化学の成績は22人中15番目であった。

狂犬病やコレラのワクチンを発明した生化学者、細菌学者である。

チャールズ・ダーウィン(Charles Darwin)

医師の道になじめずあきらめた時、彼の父親に「動物を捕まえることしか能がない」と言われた。彼自身の自伝にはこう書かれている。「父親や師範からはごく平凡な子供と思われ、どちらかというと一般の知性レベルに達していないと思われていたようだった。」

進化論の方向性を確立し、生物学で重要な功績を残した自然科学者である。

トーマス・エジソン(Thomas Edison)

彼は小学校の教師に「学習する知能がなさすぎる」と言われ、仕事は2度「生産性がなさすぎる」と解雇され、電球の発明に1000度の失敗があった。後にインタビューで記者に「1000回失敗したという気持ちはどういうものですか」と尋ねられ、「1000度の失敗をしたわけではない、1000のステップを経て電球が発明されたのだ」と答えた。

発明王の異名を持つ発明家。

ローランド・メイシー(R.H.Macy)

ニューヨークの店が成功するまで彼は7度の失敗をしている。

全米を中心に431店舗を展開する一大デパートチェーン・メイシーズの創始者である。

アルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein)

彼は4歳になるまで話すことができず、7歳まで文字が読めなかった。両親は彼の知能が低いと思い、先生の一人は彼のことをこう表現した。「精神的に遅れており、社会性はなく、いつまでもとりとめのない空想にふけっている」学校を退学になったあとチューリッヒの学校から入学を拒否されている。後になんとか読み書きができるようになった。

相対性理論を築きあげた理論物理学者。20世紀最大の天才と言われる。

グレアム・ベル(Graham Bell)

彼の作ったベル電話会社は当初、運営に行き詰まり、10万ドルでその権利をウェスタン・ユニオンに譲ると申し出た。その申し出は「電気のおもちゃを作る会社で何ができるのかね?」と冷たく拒否された。

後のAT&Tとなる。アメリカ合衆国最大手の電話会社である。

ジークムント・フロイト(Sigmund Freud)

フロイトはヨーロッパの科学者の集まりの演壇で、初めて自論を披露したときブーイングを受けた。

精神分析学者。精神力動論を展開した。

チャールズ・シュルツ(Charles Schultz)

子供の頃から恥ずかしがりで一人で時間を過ごすことが多かった。高校のイヤーブックスタッフに描いて提出したマンガは全て却下された。

スヌーピーで知られる代表作「ピーナッツ」の漫画家

ヘンリー・フォード(Henry Ford)

自動車会社が成功するまでに7度の失敗、5度の破産をしている。

自動車会社フォード・モーターの創設者

マイケル・ジョーダン(Michael Jordan)

ジョーダンは高校のときにバスケットボールのチームから外された。彼はその後「人生において何度も何度も失敗した。だから成功した」と伝えている。

バスケットボール史上最高のプレーヤーとなる。

ベーブ・ルース(Babe Ruth)

子供のころは非行少年で両親もお手上げで、矯正学校に入れられた。ホームラン記録を作るまでは三振記録も持っていた。714本のホームラン記録に対して、1330回の三振をした。

アメリカのメジャーリーグで、34年間ホームランの最高記録保持者であった。

ウォルト・ディズニー(Walt Disney)

ディズニーは新聞社で編集長から解雇を告げられ、その理由は「彼は想像力に欠け、よい発想は全くなかった」と言われた。ディズニーランドを建てる前に何度も破産し、テーマパークもアナハイム市から、どうでもいい連中しか寄せ付けないと、建設を拒否された。

アニメーション・漫画の巨匠

諦めたら終わり。

keep walking.

ということで『日傘をさす女』

モネ。

この印象派も最初は認められなかった。

「印象でしかない」って言われた。

それを名前にするのも素敵だけれど。

《ラ・ジャボネーズ》と同じ年に描かれたこの作品にこそ、当時のモネが追究していた色彩と光の課題が集約されているといつてよいだろう。

草原を渡る風は、見る人の日のなかで色彩と-体となって渦巻き、ふたたび画面のなかへと戻つていく。

手前の草むらも、モデルとなった妻カミーユの白いドレスも、人物の背後に広がる空も、ひとつとして静止しているものはない。

画面全体は軽やかなタッチ(筆触)で描き出され、草むらに立つ長男ジャンの帽子の赤い緑取り、彼の小さな肩に射す黄色い光、緑の日傘に反射する白い光、影になったカミーユの白いドレスにぽんやりと広がる黄色の反映など、モネの素早い手の動きは確実に多彩な光の効果をとらえている

ではまた。