それそれの巻


こんちは!

koiです!

今日は橿原市内の中間テストの一日目。

どうかなどうかな。

手ごたえはあるかな。

大丈夫かな。

そんな不安がよぎりますよね。

そんな時は魔法の言葉。

ケセラセラ。

ケセラセラとは、「なるようになる」・・という意味です。

この「ケセラセラ」を座右の銘にしている方もいらっしゃるかも知れません。

人の頭というのは考えることが仕事です。

だから、黙っている時でも頭はずっと物事を考え続けているものです。

問題はないか?

自分の身は安全か?

嫌な思いはしていないか?

・・・頭はそうやって自分を守るために考え続けてくれます。

でも、時にそれをやり過ぎてしまうことがあります。

例えば、心配や不安で眠れなかったり、嫌な気分になっている時はまさにそんな時なのかも知れません。

そんな時に「ケセラセラ」と口にしてみます。

「ケセラセラ」

「なるようになるさ」

人生はなるようになる、どんなに心配しても、なるようになる・・・そう口にすることで心配しすぎている頭にストップをかけることができることも、あります。

何度も口にしているうちに不思議とその口にした通りの気持ちが自然と湧いてくることがあります。

言葉には、そんな不思議な力がどうもあるようです。

だから、気持ちを変えるには、言葉を変えてみるのもよい方法。

切り替えて明日も行こうぜ!

ということで『知りすぎていた男』

『知りすぎていた男』(原題:The Man Who Knew Too Much)は、アルフレッド・ヒッチコック監督による1955年製作、1956年に公開されたアメリカ合衆国のサスペンス映画。テクニカラー、ビスタビジョン作品。

イギリス時代、1934年制作の『暗殺者の家』(原題同じ)のリメイク作品。

米国人マッケナ医師役のジェームズ・ステュアート主演、同夫人役をドリス・デイが務めた。

作中でドリス・デイが歌う『ケ・セラ・セラ』は第29回アカデミー賞で歌曲賞を受賞した。

ではまた。