それぞれの未来へ

失礼いたします。
今年最後の土曜日ブログを担当することになりました高田市駅校で5年以上もお世話になっております吉岡和成です。
私は、現在4年制大学を卒業後、自分の夢に向かって社会の荒波にぶつかりながら就職活動をしています。

芽育学院でお世話になり5年が経過、共に闘う仲間と過ごしてきた時間は自分にとってもかけがえのない人生を送ることが出来ました。
おそらくこれが芽育学院講師としての最後のブログになると思います。
そこで、今回は自分のことを少しでも知ってもらい、こんな講師がいたんだなぁと感じていただけたらという思いからブログを書きたいと思います。

私は、子供の頃から特撮(ウルトラマン)や熱帯魚が大好きな少年でした。
その頃は特に夢もなく、七夕には将来ウルトラセブンになりたいと良く書いたものです。
本当に純粋な心を持ちウルトラマンに憧れていた小学生時代。

中学生になってもその夢は変わらずに、部活もせずに帰宅部のエースとして終わりの挨拶が終わった後は光の速さで自宅に帰っておりました。
その後は、神社で友達と草野球をしたり、家の中でゲームをしたりと過ごしておりました。

そんな中、現在メイキー達も経験すると思われますが、受験シーズンがやってまいります。私は、高校受験を甘く見ていて勉強を始めたのが3年生の冬休みからでした。
周りは赤本で頑張っているにも関わらずに自分だけは何をしているかわからない状況で1人だけ取り残されていく現実。しかし、そんな自分に愛情を持って声をかけてくださった担任の先生。両親とも相談して考えた結果、行きたい高校が決まった瞬間でした。やはり目標や目的があることで人は少しずつ前を向いて歩いていけることがわかった時でした。
最終的に私は、公立受験ではなく、私立専願で高校に通うことになり、新たな第一歩を歩んでいくことになります。

高校入学後、中学と同様に部活には入らず、高校での勉強を通して大学に進学することを考えながら毎日クラスの友と勉強しながらお互い切磋琢磨して毎日を送っていました。

しかし、高校2年になり、帰り道の途中に怖い思いをしました。
3人組の高校生にいきなり胸ぐらをつかまれ「金を出せ」と言われました。
その時は、自分でも何が起こっているのか混乱していました。とにかく泣きながら必死に抵抗して駅まで逃げたことは覚えています。その時、自分は逃げることも一つの勇気であるが、やはり男としては情けないと思いその日の夜は親に打ち明けることもなく泣きながら寝たことを覚えています。

次の日、私は友達にこのことを相談しました。すると、武道をしている友達から一緒に少林寺拳法やらんかと誘われ、迷うことなく入部を希望しました。
今まで、部活をしたこともなく体力のない自分にどこまで出来るのかわからないがやるからには卒業までやるという強い思いから最後までやり遂げるきもちで頑張りました。

高校三年になり、大学受験のシーズンがやってきました。周りも受験に向けて勉強しつつ私も負けじと勉強をしていました。この頃から私は初めて芽育学院を紹介してもらい、迷うことなく入塾いたしました。講師の方々も個性豊かで指導するときはしっかりと丁寧に、また雑談をするときは楽しく話すなどしっかりとめりはりをつけられ、雰囲気作りやコミュニケーションを通して、生徒に勉強への取り組みの大切さを伝え、環境をしっかりと整えておられたことがほんとうに実感でき、アットホームな塾でありました。

その後は、芽育学院の指導を通して、無事に大学に進学することができました。本当にありがとうございました。すると、大学生になっても講師として頑張らんかということばをかけていただき、現在も芽育学院の講師として自分にできる精一杯の恩返しをすることを心がけながら講師として大好きな後輩たちと共にそれぞれの未来に向けて突き進んでいるところです。

大学進学後は、やはり部活は続けたいという思いから体育会少林寺拳法部に入部し、大学の授業と並行して部活に力をいれながら、芽育講師として新たな一歩を踏み出しました。

20歳になり、勉強や部活にも慣れ始めた時、少林寺拳法以外にも更に自分を磨くために何か武道や格闘技をやりたいという思いから先輩が経営しているキックボクシングジムを紹介してもらいました。少林寺拳法と似てる部分はあるが、ルールや技の多さなど練習面においても全く違うことがわかりました。その時は、体験ということで一通りのメニューをしました。最後に、プロの方と少しだけスパーリングをさせていただきましたが、30秒もたたずに倒れこんでしまいました。帰りは、少し膨れ上がった自分の顔を見ながら少林寺拳法の中ではそこそこいけると思ったが、外に出るとまだまだということが実感した20歳の時の経験でした。

次の日、何事も迷わずに先輩に連絡をいれ、ジムで色々と経験させて下さいとお願いしました。すると、怪我は自分持ちと言われそれ以外は死ぬ気で練習しろと言葉をいただきました。これからは、当分の間、練習に明け暮れることになりました。
こんなことで大丈夫かなと俺と思いながらも大学生活においては、、、
授業で得た仲間や部活で得た仲間と一緒にそれぞれの未来に向かいながら突き進んでいくことになりました。

結局のところ、週4で少林寺拳法の練習で励み、週2でキックボクシングジムに通い、一日のオフを挟んで大学生活は毎日忙しい時間を過ごしておりました。

練習を通して経験したことや、知識など、常に心がけたことは、試合前の気持ちのコントロールはもちろんのこと基本的な技術を反復練習することで体が自然に動くようにすることや疲れが残らないように徹底したトレーニングと体調管理を心がけることでした。
練習を通して強くなることはもちろんだが、練習を通して誰とでも腹を割って話が出来る仲間づくりをすることで、お互いがそれぞれの目標を達成することの大切さを学びました。

仲間の存在は今後も自分にとってはかけがえのない財産であり、今後も自分が辛い思いをしている時には必ず助けてくれる存在であります。私は、共に闘う仲間とのつながりや絆を大切にしていくとともに社会人として自分に出来ることは何なのかを考えることや行動力なども武道や格闘技を通して教わることが出来たと思っています。

現在は、無事に部活を引退して後輩の指導に努めております。また、キックボクシングにおいても引退試合を経て無事に引退いたしました。7年間を通してお世話になった先輩や後輩に感謝の気持ちでいっぱいであります。ありがとうございました。

その後は、様々な経験をして無事に大学を卒業し、大学時代では成し遂げられなかった就職において毎日のように就職活動中であります。わたしは、もうすぐ23歳になりますが、これからも芽育学院で培った「絆」や「誇り」を大切にするとともにメイキーとして新たな第一歩を踏み出していきます。近いうちにびしっと就職きめてきますので楽しみにしていてください。

最後になりましたが、私をここまで指導してくださったメイクの看板である角田先生をはじめ、リョウさん、松本先生、koiこと臼井卓也先生、カズナリ先生、ぷーさん、近くでいつも指導してくださった中西先生には本当に感謝しております。
また、合宿やウレパツで名前も知らないのに、他校の講師の方が声をかけてくださったこと本当に感謝です。ありがとう。あまり話す機会はないですが、俺はいつでも後輩のことを思いながら厳しい社会にぶち当たっていきます。

忘れてはいけないのが、高田市駅校の後輩たち。1人1人に伝えたいことはあるが、書き込むと1000文字はいきますので私から後輩たちにメッセージを残します。

高田市駅校の後輩たちは、皆それぞれ個性的で自分達の夢に向かって毎日頑張っている姿が見受けられます。私は、夢に向かって走る後輩たちが本当に大好きです。しかし、後輩たちはしっかりものが多く、毎日のように才能や対応に驚かされます。先輩になるにつれて、後輩の指導や生徒の対応など日に日に成長していく姿が本当に誇らしい。私は、こんな後輩達とともに一緒に頑張ってこれたことが幸せです。私が、塾を卒業しても共に闘う仲間とのつながりや絆を絶やすことなく一人ひとりが強い信念と正義感を持ってバイトを全うしていただければと思います。最後に、卒業しても芽育学院で培ったものを大切にしてください。以上です。長文失礼しました。

私を、ここまで成長することができたのは本当に数えきれない芽育学院の講師の方々、後輩、生徒達の存在のおかげです。これからも、メイキーとして胸を張って社会の荒波にまっすぐ突き進んでいきます。ありがとうございました。

皆さんに感謝の意を称してブログを書き終えたいと思います。
最後まで、長々とすみませんでした。
それでは、ロードワークの時間ですので失礼いたします。